エニアグラム、分裂の方向の両義性
久しぶりに友だちと会ってエニアグラムの話をした。
割と見過ごされがちな「分裂の方向」の整理をする(メリット・デメリット、必要性)。
見過ごされがちな分裂の方向
エニアグラムで見過ごされがちなのは、人は多くの場合「分裂の方向」に行動化しがち、ということだ。
これは社会生活上でも物語のような創作上でもそうだ。
まずそもそも、分裂の方向とは何か。リソの説明を見てみよう。
分裂の方向は、普通、ストレスや不安が増大するときに表れます。
自分自身のタイプの戦略を(完全に下のレベルに落ちることなく)可能な限り推し進めても、状況を改善したり、欲しいものを手にいれることができないときに、私たちは無意識に分裂の方向のタイプのように振る舞い始めます。
分裂の方向への動きは、ある視点からすれば、もうひとつの生存メカニズムであると理解が重要です。自然の理というものは、心のための有用な「緊急避難口」を私たちに多く授けています。容易に病理的にならないためです。
したがって、分裂の方向は、ある程度の圧力を逃がす方法です。
(「エニアグラム 基礎編」ドン・リチャード・リソ, ラス・ハドソン)
つまり、ストレス化での「心の逃げ口」のようなものだ。
例えばタイプ3はストレス下では、タイプ9のように無関心になり、心ここにあらず、という感じになる。
タイプ9はタイプ6のように不安や恐怖心に駆られる。
タイプ6はタイプ3のように功名心に駆られたり他者を見下したりする。
通常、社会生活というのはストレスがかかるので、多くの場合、人は分裂の方向を行動化する。
そのことが、エニアグラムについて語る際・分析の際に、よく見過ごされている気がする。
タイプ分析での分裂の方向
タイプ分析においても、分裂の方向を加味することでタイプ判定がしやすくなる。
もちろん、最上なのは「基本タイプ・統合の方向のタイプ・分裂の方向のタイプ」を考慮に入れてタイプ分析することだ。
しかし、簡易的に「基本タイプ」と「分裂の方向」を意識するだけでも、だいぶタイプ判定の精度は上がる。
例えば過去に掲示板で「タイプ4w5とタイプ5w4の違いは?」という話題があった。
(※ちなみに私はタイプ4w5だ)
そのときに回答で簡易的な見分け方を下記のように答えた。
それぞれのタイプの分裂の方向を見ると、どっちかすぐ判断できるよ
人は日常において、分裂の方向に転びやすく、そのタイプの特徴を行動化しやすい。
だから、一見タイプ4か5か分からなくても、タイプ7のようにテンションアゲアゲで享楽的な行動が多かったらタイプ5だし、
タイプ2のように馴れ馴れしかったり親しみやすかたっりする行動が多いとタイプ4だよ
それと、リラックス時には統合の行動をとるから、
リラックスしているときのその人を見て、
タイプ8のよくに割合我儘で押しが強いのがタイプ5で、タイプ1のように真面目っぽいのがタイプ4だよ
詳細は下記の記事を参照。
回答中では統合の方向にも触れているが、それは置いておこう。
つまり、分裂の方向を加味した簡単な見分け方として、タイプ4か5か迷う人がいれば、その人のストレス下の行動で「馴れ馴れしい感じ・親しみやすい感じ(タイプ2的な行動)」であればタイプ4、「アッパー系のテンション・享楽的な感じ(タイプ7的な行動)」であればタイプ5という見分け方が出来る、ということだ。
物語分析での分裂の方向
物語分析においても見過ごされようは顕著だ。
たとえばガンダムで有名な富野監督は、タイプ2w1だと思われる。理想のために献身するタイプで、戦うこともいとわず、理想が高い。
そのタイプ2の分裂の方向はタイプ8だ。タイプ8は、傲慢で、権力の欺瞞に立ち向かい、闘争的で、主導権を握りたがるタイプだ。
その富野監督(ガンダム)の作品で多く見られる展開として「なんやかんや口実をつけて戦う」展開や「欺瞞に満ちた横暴な権力者に立ち向かう」展開がある。
これはタイプ2→タイプ8の分裂の方向への動きと考えられる。つまり、タイプ8的に行動化しているのだ。
(※少し脱線して富野監督作品について所感を述べる。
逆に言うと、そこが富野作品らしさでもあると個人的には思っている。たとえば、富野監督以外のガンダム作品では多くの場合「戦う大義」がある。戦うべき理由があり、それに沿って戦うという展開だ。しかし富野監督は「戦う大義」がありつつも、「戦うための口実」を探して戦っているのだ。
口実のバリエーションは豊かだ。
例えば「相手が攻めてきそうだったから」「主導権を取らねばならないから」「実力を見せつけるため」「新技術を奪取して政治的に優位に立つため」等、富野作品では無数の「戦うための口実」(=タイプ8という分裂の方向への動き)が見られる。
理由をつけて戦いたがる、ある意味でそれが富野作品らしさでもあり、後継の富野以外のガンダム作品ではそれが物足りない。
では脱線したが、本筋の「分裂の方向」の話に戻る)
たとえば別の例として、村上春樹はタイプ1w9だと思っている。その村上春樹作品について指摘されがちな点として「ナルシシズムが強い」などがあるが、これはタイプ1→タイプ4に分裂の方向として行動化するときの特徴だと思っている。
いずれにせよ、「分裂の方向を加味して分析する」という視点が決定的に欠けている場合が多い。
これは上記の富野監督や村上春樹についての分析がたとえ間違っていても、重要な視点だ。
精神安定剤(癒やし)として分裂の方向
そもそも「分裂の方向」とは何か。
最初にリソの「分裂の方向」についての説明を見たが、ひらたくいうと「精神安定剤」「心のよりどころ・癒やし」とも言える。
例えばタイプ2→分裂の方向のタイプ8は、「自身の力を確認することで、存在を確認する」という精神安定剤的な効果がある。例えば、タイプ2は、ストレス下では「自分の力を試すような環境(あえて危険な環境)」に身を置いたり、積極的に戦いを挑むことで自身の存在を確認する。(さきほど述べた富野作品にありがちな展開だ)。
タイプ1→分裂の方向のタイプ4であれば、「自分の趣味の良さ・美的感覚」に「心のよりどころ」を求めるため、非常にナルシストっぽくなる。
なお、リソ曰く、「分裂の方向」は最終的に「世界とのつながり・癒やし」に影響する重要な要素でありとても重要だ。(この記事で後述する)
しかし分裂の方向の良い点はいったん置いておいて、分裂の方向のデメリットについて検討する。
分裂の方向という自分酔いと、酔いの抜けにくさ
私が思う決定的な「分裂の方向」のデメリットは、それが精神安定剤でもあるため、本人の行動的には「それが善である」と思いがちなためだ。
ぶっちゃけて言うと「自分酔い」する行動になってしまうのだ。
タイプ2→分裂のタイプ8であれば「世の中の不正を防ぐために挑戦する俺かっけー」となる。
タイプ1→分裂のタイプ4であれば「わたしの素敵な感覚を見て、すばらしいでしょう」となる。
タイプ8→分裂のタイプ5であれば「知的な俺が知ってる秘密をほのめかしてやろう(陰謀論に傾いたりもする)」など。
これらはしかし、当人の感覚的には「良いことをしている」という印象になってしまいがちなのだ。
それをする「自分に酔っている」のだ。
この「自分酔い」のやっかいな点は、自分では「良い」と思って行動化しているため、心の底からの気づきや、外部からの強制などがないと、行動化がおさまらないことだ。
つまり、延々と「自分酔い」的な行動をしてしまう。そして多くの場合、分裂の行動は他人の目から見て不快であり、現実から外れている。
例えばタイプ7が分裂の方向に行動化するとタイプ1のようにやけに批判がましくなってしまう。しかし本人的には意気揚々と「教えてやってる」みたいな感覚であるため、他人から見ると非常に不快だ。
そして、さらに悪いことに、ストレス下での「自分酔い=分裂の方向」は、本人が見捨てられやすくなってしまう。
酔いからは醒めることができないため、SNS等で延々と「自分酔い」を行動化する羽目になるが、友人や家族からも相手にされなくなってくる。こうなると、かなり通常の社会生活に戻るのが困難になる。
ちなみに、自分のタイプで言うと、自分はタイプ4→タイプ2となり、端的に言うと「他人の依存事由を探し、そこにつけ込み依存させようとする」という思考回路になりがちだ。まったくもって邪悪である。
自分でもその思考回路を矯正するのに苦労している。
いずれによせ、分裂のタイプというのは、すぐに転んでしまうものであり、しかも酔いが醒めにくく、対処が難しいのだ。
では、ここからは逆に、分裂の方向の良い点を考える。良い点は二つだ。
レベルが上がるにつれ、分裂の方向もよい感じになる
まず一つ言えるのは、エニアグラムの健全レベルが上がる際に、分裂の方向の行動化も良い行動になっていく、ということだ。
(※ここで言う「健全度」とは、エニアグラムの思い込みからの解放レベルのようなものだ。各タイプを根本的に縛る鎖からどの程度解放されているか・あるいは縛られているか、それが健全度だ。
なお、健全度の話については、ここでは詳細は説明しない。ネットで「エニアグラム 健全度」でググるか、リソの「エニアグラム 基礎編」を参照して欲しい)
いずれにせよ、健全度が上がると、分裂の方向の行動化の際の健全度も上がる。
例えばタイプ2の健全度が上がると、タイプ8の分裂の方向の行動化も、より善なる行動に近づいていく。
「自分の力を誇示したい」等のエゴイスティックな行動ではなく「不正・腐敗・いじめと戦う」等の、より良い行動になっていく。
また、例えば、タイプ4の健全度が上がるとタイプ2の健全な行動に近づいていく。「本当に他者のためになることをする」ようになっていくのだ。
これがまず一つ、分裂の方向の良い点と言える。
(※補足。しかし、実際は健全度が上がっても、分裂の方向の心の葛藤はすごくある。自分のやっていることが善ではなく自己満足にすぎないと、自分の心の自制しなければ、すぐに「自分酔い」になってしまう。これは健全度がいくら上がっても、気をつけなければならないのだ
分裂の方向=ミッシングピース
もう一つは、分裂の方向が自我の全体的な癒やしに不可欠であるという点だ。
これはミッシングピースと呼ばれ、リソが提唱したものだ。
どういうことか見て見よう。
そもそも通常の環境において、私たちが分裂の方向に行動する傾向があるのは、私たちが実際には未だ、その資質をわれわれの性格構造に十分に統合できていないにしても、無意識のうちに、分裂方向のタイプによって象徴される癒しと全体性の必要性を知っているからである。
例えば、現実において、分裂の方向が満たされている時、私たちは満足感を感じることが多い。例えばタイプ9であれば、分裂の方向のタイプ6の「仲間とともに、または導きや支えとともに」ある状態というのは、非常に満足する。また、タイプ2であればタイプ8の「自身の力で挑戦し開拓する」などの状況は、満足度が非常に高い。
しかしレベル4~9の通常の範囲~不健全な範囲において、分裂の方向を自他にとって健康な形で扱うことは難しい。なので、分裂の方向は、とくに、レベル1~3の健全な範囲において、つまり、十分に人格的に準備ができたあとで、意義がある。
つまり、すべてのタイプにとって、自分たちの分裂方向のタイプのレベル1での質を心に留めておくことは重要だが、それをすぐに達成することはできないということ。
たとえばタイプ7は分裂の方向のタイプ1の資質である受容と自己規律をまなぶ必要がもっともある。 しかし彼らは直接タイプ1に向かうことで「ここからそこに到達することはできない」。タイプ1への直接的な動きは、タイプ1のより高い質をまなぶのではなく、通常の不健全な習慣を行動化する結果になる。そのためわれわれはこの動きをタイプ7の「分裂の方向」とみなすのである。相当の量の変容のためのワークをおこなったあとにのみ、タイプ7はタイプ1の健全な知恵を一貫して吸収することができるようになる。以下の表は各タイプにとっての分裂の方向の最善の資質を示す。ちなみに、この分裂の資質のことを、ミッシングピースと呼ぶ” (understanding the enneagram: revised edition p320)。
◇各タイプの「ミッシング・ピース」の特徴 | |
---|---|
タイプ1 | タイプ4から自分の無意識の衝動と直感を聞き、信じることをもっともまなぶ必要がある |
タイプ2 | タイプ8から自分自身の強さを認識することと、世界において自分自身の存在を十分に主張することをもっともまなぶ必要がある |
タイプ3 | タイプ9から、一貫しておこない、達成し、あるいは実行することの代わりに、どのように存在するかをもっともまなぶ必要がある |
タイプ4 | タイプ2から無条件に自分自身と他者を愛することをもっともまなぶ必要がある |
タイプ5 | タイプ7から人生は楽しく、宇宙は慈悲深いことをもっともまなぶ必要がある |
タイプ6 | タイプ3から内部志向型(inner-directed)であることと自分自身を尊敬することをもっともまなぶ必要がある |
タイプ7 | タイプ1から人生をあるがままに受け入れ、より高い目的のために生きることをもっともまなぶ必要がある |
タイプ8 | タイプ5から謙虚さと、より長期的な見地からの自身の真のあるべき位置(true place)をもっともまなぶ必要がある |
タイプ9 | タイプ6から自分自身を信頼し、逆境で成長することをもっともまなぶ必要がある |
まとめ
分裂の方向についてまとめよう。
・分裂の方向は、ストレス下の精神の逃げ場所
・多くのタイプ分析や物語分析では、分裂の方向が見過ごされがち
・分裂の方向は、行動化している「自分に酔う」ので矯正されにくい
・分裂の方向は、基本タイプの健全度が上がると、分裂の方向の行動化も良くなっていく
・分裂の方向は、心の癒やしとしてのミッシングピースという意味で重要だ。しかし、直接そこに至ることはできない
リソの未邦訳書のオススメ
最後に、リソの未邦訳書のオススメをする。
ミッシングピースの説明でも引用した「Understanding the Enneagram:Revised Edition”(Houghton Mifflin, Boston, 2000)」という本では、そこでしか述べられていない説明がある。
エニアグラムの基本原理を考える上で重要な話が、この本にしか書かれていないのだ。
エニアグラムの1~9の各タイプが、なぜそのような行動をとるのか。
それを、行動(本能)・心・思考センターの働きの面から説明し、また、各タイプが成長するためにはどうすればいいか、理論的に説明している。
これまで邦訳されているエニアグラムの多くの本では、統合の方向や分裂の方向、3つのセンターについて、発達の諸段階、などが説明され、それから各タイプの説明がされている。
しかし、実際のところ、「各センターの話」と「各タイプの話」「発達の諸段階(健全レベル)の話」「実践」の関係は、あまりきちんと説明されていない。
多くの本では、「各センターがあります」「こういうタイプがあります」「各タイプはこのような発達段階をとります」という説明があり、それらの話題の関係について軽く説明されているが、それを詳細に説明した上で「ではどのような実践が必要か」と説明しているのが、上記のこの本である。
自分はこれまで日本で出版された邦訳本を読んで、タイプやセンターの関係が分かったような気でいた。
しかし、この未邦訳本を読んで、根本的にまったく理解していなかったことに気づかされた。
あまり長くはない本なので、ぜひどうぞ。(グーグル自動翻訳とかを使えばある程度読めると思う)
(そもそも、このブログでは昔、それら未邦訳書籍とかを勝手に翻訳し、考察していた。それをいったん公開停止にしているという経緯がある。)