物語のメモ

物語・植物・心理学・文化人類学・IT等について/月1回更新目標

物語における折り返し構造(裏返し構造)

折り返し構造(裏返し構造)と呼ばれる、物語の構造について説明します。
折り返し構造(裏返し構造)とは、平たく言うと、前半と後半が逆になる物語構造のことです。この構造は、聖書・昔話・ジブリアニメなど、様々な物語に見出されます。

話の順序としては、先に物語の構造の一般的なことについて触れます。その後、折り返し構造(裏返し構造)の説明をします。

物語の構造分析についての一般例

昔話や神話、民話などを分析し、背後に共通の法則(構造)を見出す研究は、これまで色々な方法で行われてきました。
たとえば有名なものは、プロップが見いだしたロシアの魔法昔話の構造です。
プロップの分析では、ロシアの魔法昔話では、主人公の周りで何かが起きてから、最終的な結末までに、31の要素が見いだされています(下記)。

1.家族の一人が家を留守にする(不在)
2.主人公にあることを禁じる(禁止)
3.禁が破られる(侵犯)
(略)
11.主人公は家を後にする(出発)
12.主人公は試練をうけ、魔法の手段または助手を授けられる(寄与者の第一の機能)
(略)
16.主人公とその敵が直接に戦いに入る(闘い)
(略)
20.主人公は帰還する(帰還)
(略)
31.主人公は結婚し、即位する(結婚)
出典:昔話の構造31の機能分類

プロップの分析は、起点となったロシアの昔話を越えて、現代でも、アニメやドラゴンクエストなどのゲームに活かされています。
プロップのほかにも、ユングの無意識の分析を物語に利用する方法や、プロップの考え方を発展させたグレマスの構造意味論など、さまざまな取組みがあります。
その中でも、これまで日本ではあまり注目されることがなかったものの、重要なのが折り返し構造(裏返し構造)の視点です。

折り返し構造(裏返し構造)

折り返し構造(裏返し構造)とはどのようなものでしょうか。定義としては次のようなものになります。

A:物語の「前半」部分に配置された要素に対して、物語の「後半」に相当する要素が、「前半」の「否定」・「対立」もしくは「対照」としての関連性を持って出現する。
B:物語の「後半」に配置された要素は、「前半」の対応する要素の配列順序とは逆の順番で出現する。
 出典:アイヌ口承テキストに見られる裏返し構造

少し難しいので、鶴の恩返しというよく知られた昔話を例に検討しましょう。
あらすじを見てみます。

貧しい暮らしをする夫婦(または男)がいる。
夫婦は鶴を助ける。
その後、夫婦の元に娘がやってくる。
娘を泊めてやると、娘は掃除に炊飯とよく働く。
娘はこの家で暮らすことになる。
娘は、秘密の部屋で機を織る。
ある日夫婦はのぞき、娘が鶴であることが露見する。
娘は飛び去る。
おしまい。

これを折り返し構造(裏返し構造)としてあてはめると、下の図のようになります。図では、ⅠとⅠ´、ⅡとⅡ´、ⅢとⅢ´、ⅣとⅣ´が対応しています。

Ⅰ :【緒言】貧しい暮らしをする夫婦(または男)がいる。
 Ⅱ :【出会い】夫婦は鶴を助ける。
  Ⅲ :【偽装】その後、夫婦の元に娘がやってくる。
   Ⅳ :【普通の家事】娘を泊めてやると、娘は掃除に炊飯とよく働く。
    Ⅴ:【居着く】娘はこの家で暮らすことになる。
   Ⅳ´:【魔法の家事】娘は、秘密の部屋で機を織る。
  Ⅲ´:【露見】ある日夫婦はのぞき、娘が鶴であることが露見する。
 Ⅱ´:【別れ】娘は飛び去る。
Ⅰ´:【結語】おしまい。

Ⅰ~Ⅳを前半、Ⅰ´~Ⅳ´を後半とすると、それぞれの後半は、前半の「否定」・「対立」もしくは「対照」となっています。具体的には、Ⅰ´「結語」はⅠの「緒言」と対照、Ⅱ´「別れ」はⅡの「出会い」と対照、Ⅲ´「露見」はⅢの「偽装」の否定、Ⅳ´「魔法の家事」はⅣの「普通の家事」の対照ですね。
また、並びの順番としても、「前半」はⅠ~Ⅳという順番であり、一方「後半」は´Ⅳ~´Ⅰという順番でです。このように、前半と後半が逆の順番で出現していることがわかります。なお、Ⅴは対応する逆の要素がなく、折り返し構造のちょうど真ん中ですね。

いちおう、あらすじではなく、物語全てを用いて検討してみましょう。下のブロックでは、ストーリーの全文が開閉するようになっていますので、見てみて下さい。

  • Ⅰ 【緒言】貧しい暮らしをする夫婦(または男)がいる。 むかしむかし、貧しいけれど、心の優しいおじいさんとおばあさんがいました。
    • Ⅱ :【出会い】夫婦は鶴を助ける。  ある寒い冬の日、おじいさんは町へたきぎを売りに出かけました。
       すると途中の田んぼの中で、一羽のツルがワナにかかってもがいていたのです。
      「おお、おお、可愛そうに」
       おじいさんは可愛そうに思って、ツルを逃がしてやりました。
       するとツルは、おじいさんの頭の上を三ベん回って、
      「カウ、カウ、カウ」
      と、さもうれしそうに鳴いて、飛んで行きました。
      • Ⅲ :【偽装】その後、夫婦の元に娘がやってくる。  その夜、日暮れ頃から降り始めた雪が、コンコンと積もって大雪になりました。
         おじいさんがおばあさんにツルを助けた話をしていると、表の戸を、
         トントン、トントン
        と、叩く音がします。
        「ごめんください。開けてくださいまし」
         若い女の人の声です。
         おばあさんが戸を開けると、頭から雪をかぶった娘が立っていました。
         おばあさんは驚いて、
        「まあ、まあ、寒かったでしょう。さあ、早くお入り」
        と、娘を家に入れてやりました。
        「わたしは、この辺りに人を訪ねて来ましたが、どこを探しても見当たらず、雪は降るし、日は暮れるし、やっとの事でここまでまいりました。ご迷惑でしょうが、どうか一晩泊めてくださいまし」
         娘は丁寧(ていねい)に、手をついて頼みました。
        「それはそれは、さぞ、お困りじゃろう。こんなところでよかったら、どうぞ、お泊まりなさい」
        「ありがとうございます
        • Ⅳ :【普通の家事】娘を泊めてやると、娘は掃除に炊飯とよく働く。  娘は喜んで、その晩は食事の手伝いなどをして働いて休みました。
           あくる朝、おばあさんが目を覚ますと、娘はもう起きて働いていました。
           いろりには火が燃え、鍋からは湯気があがっています。
           そればかりか、家中がきれいに掃除されているのです。
          「まあ、まあ、ご飯ばかりか、お掃除までしてくれたのかね。ありがとう」
           次の日も、その次の日も大雪で、戸を開ける事も出来ません。
           娘は、おじいさんの肩をもんでくれました。
          「おお、おお、何て良く働く娘さんじゃ。何て良く気のつく優しい娘さんじゃ。こんな娘が家にいてくれたら、どんなにうれしいじゃろう」
           おじいさんとおばあさんは、顔を見合わせました
          • Ⅴ:【居着く】娘はこの家で暮らすことになる。  すると娘が、手をついて頼みました。
            「身寄りのない娘です。どうぞ、この家においてくださいませ」
            「おお、おお」
            「まあ、まあ」
             おじいさんとおばあさんは喜んで、それから三人貧しいけれど、楽しい毎日を過ごしました。
        • Ⅳ´:【魔法の家事】娘は、秘密の部屋で機を織る。  さて、ある日の事。
           娘が機(はた)をおりたいから、糸を買ってくださいと頼みました。
           おじいさんが糸を買ってくると、娘は機の回りにびょうぶを立てて、
          「機をおりあげるまで、決してのぞかないでください」
          と、言って、機をおり始めました。
           キコバタトン、キコバタトン。
           娘が機をおって、三日がたちました。
           ようやく機をおり終えた娘は、
          「おじいさま、おばあさま、この綾錦(あやにしき→美しい布の事)を町へ売りに行って、帰りにはまた、糸を買って来て下さい」
          と、娘は空の雲の様に軽い、美しいおり物を二人に見せました。
          「これは、素晴らしい」
           おじいさんが町へ売りに行くと、それを殿さまが高い値段で買ってくれました。
           おじいさんは喜んで、糸を買って帰りました。
           すると娘はまた、機をおり始めました。
      • Ⅲ´:【露見】ある日夫婦はのぞき、娘が鶴であることが露見する。 「ねえ、おじいさん。あの娘はいったいどうして、あんな見事な布をおるのでしょうね。・・・ほんの少し、のぞいてみましょう」
         おばあさんがびょうぶのすきまからのぞいてみると、そこに娘はいなくて、やせこけた一羽のツルが長いくちばしで自分の羽毛を引き抜いては、糸にはさんで機をおっていたのです。
        「おじいさん、おじいさんや」
         おどろいたおばあさんは、おじいさんにこの事を話しました。
         キコバタトン、キコバタトン・・・。
         機の音が止んで、前よりもやせ細った娘が布をかかえて出てきました。
        「おじいさま、おばあさま。もう、隠していても仕方ありませんね。
         わたしは、いつか助けられたツルでございます。
         ご恩をお返ししたいと思って娘になってまいりました」
    • Ⅱ´:【別れ】娘は飛び去る。  「けれど、もうお別れでございます。
       どうぞ、いつまでもおたっしゃでいてくださいませ」
       そう言ったかと思うと、おじいさんとおばあさんが止めるのも聞かず、たちまち一羽のツルになって空へ舞い上がりました。
       そして家の上を、三ベん回って、
      「カウ、カウ、カウ」
      と、鳴きながら、山の向こうへ飛んで行ってしまいました。
      「ツルや。いや、娘や。どうかお前も、たっしゃでいておくれ。・・・今まで、ありがとう」
       おじいさんとおばあさんは、いつまでもいつまでもツルを見送りました。
  • Ⅰ´:【結語】おしまい。  それからのち、二人は娘のおった布を売ったお金で幸せに暮らしました。

全文を見ても、あらすじと同じように折り返し構造(裏返し構造)になっていますね。というより、あらすじだけの場合より、明確に裏返しであることがわかりやすいです。
Ⅱ :【出会い】とⅡ´:【別れ】では飛び去り方がほぼ同じで対照されていますし、Ⅰ 【緒言】では貧乏だったのが、Ⅰ´:【結語】ではお金持ちになっています。
やはり、全文を分析しても、裏返し構造にあてはまると言えるでしょう。

折り返し構造(裏返し構造)の起源

折り返し構造(裏返し構造)は、もともと文章の分野においては、キアスムスと呼ばれ、レトリックや聖書の物語構造など指摘・活用されていました。たとえば、日本と世界の事例を網羅的に取り上げた論文(三つの構造 : キアスムス、プロップ、レヴィ=スト ロース )から事例を一つ見てみましょう。
「国があなたに何をしてくれるか問いかけるのではなく、あなたが国に何をしてあげられるか(自分自身に)問いかけなさい」というようなレトリック表現があります。
ここでは、国とあなたが折り返し構造になっています。
国(A)があなたにしてあげること(B)→あなたが(B')国にしてあげること(A') の表現は、前半がAとB、後半がB'とA'という表現になっています。(※なお詳しい分析は上記引用内で確認ください)
折り返し構造は、文章のレトリックや聖書の物語構造など、西洋において色々な分野で見出されており、色々な名前で呼ばれてきました。

対応関係一般として言語学ではパラレリズムという言い方がある(Jakobson 1966)。旧約学・新約学ではキアスムスとかキアスムス的構造(chiastic Structure)という呼び方多い(中務2013)。 西洋古典学ではリング・コンポジション(ring composition)とかヒュステロン・プロテロン (hysteron proteron、「前後逆転」の意)とかインクルシオ(inclusio)と呼ばれていることが多い。 フォークロア研究では折り返し構造(inverted structure)とかV字構造とも呼ばれる。 もちろん、これらの用語が表しているものは全く同じではない。しかしいずれの用語も 基本的な考え方は同じなので、本稿ではそれらの用語の違いについては取り上げず、特に 区別が必要な場合には異なる用語も用いるが、技法それ自体についての議論においては 「折り返し構造」の語を用いることにする。
出典:三つの構造 : キアスムス、プロップ、レヴィ=スト ロース

なお、折り返し構造の日本の物語分析において、第一人者の大喜多はこの構造のことを裏返し構造と呼んでいます。本稿ではそれにならい「折り返し構造(裏返し構造)」と呼称します。

日本における折り返し構造(裏返し構造)の分析事例

日本の物語ではどのような事例が見つかるのでしょうか。
日本においては、異郷訪問譚と呼ばれる『別世界に行って帰ってくる物語」形式においてこの構造が見出されています。
例えば「イザナキの黄泉国訪問」・「神功 征韓譚」・「浦島子」・「甲賀三郎」において、その構造が見出されています(異郷訪問譚の構造)。
また、アイヌの物語構造や、ジブリアニメのトトロ・アリエッティなどの物語において、裏返し構造が見出され、分析されています。(アイヌ口承テキストに見られる裏返し構造アニメーション映画「となりのトトロ」の構造分析映画化により『借りぐらしのアリエッティ』は何を「獲得」したのか
このように、昔話・神話・ジブリアニメなどでこの構造が見出されるということは、折り返し構造は人の心に染み入りやすいパターンであると考えられます。時の流れの中で生き残ったり、多くの人に受け入れられてきたのですから。よって、折り返し構造(裏返し構造)は物語の構成として効果的な方法と考えられます。

折り返し構造(裏返し構造)が好まれる理由

また、なぜこのような構造が多く見られるか(あるいは人がなぜこの構造を好むか)は次のように考えられます。

人間、動物、植物など生物の多くは左右対称(シンメトリー)になっている。原子の配列や結晶もそうである。均衡による安定性がその要因だろう。これは表面的な差異より深い水準で、意識されることなく存在する構造であるともいえるだろう。人間が作り出す建築や紋章のデザインも左右対称なものが多い。シンメトリーは無意識のうちに(つまり本能的に)安定性を感じさせ、選択されることが多いと思われる。だとすれば、言葉による表現やそれを文字に固定した文章においてもシンメトリーは存在すると仮定してよいだろう。
しかしシンメトリーのままでは安定は表現されるが、それ以上のメッセージの表現は難しい。そこからヴァリエーションを使う動機が生じてくる。全体のシンメトリーを保持したままヴァリエーションを導入するには部分の変化を使うことになる。全体のシンメトリーとは各部のシンメトリーの総和であるから、各部の対応に同一ではなくて類似ないしは逆転の要素を用いるなら、全体のシンメトリーを保持したままで変化を表現することが可能になる。そうした安定性と変化の両面を可能にする文章構成技法は以下に紹介するように古くから世界各地で行われてきた
出典:三つの構造 : キアスムス、プロップ、レヴィ=スト ロース

つまり、人はシンメトリーに安定感を感じるものの、まったくの対称では同じことの繰り返しになってしまい、豊かな表現にはなりません。そこで、安定感を保ちつつバリエーションを生み出す方法として、折り返し構造(裏返し構造)を採用してきたということですね。

折り返し構造(裏返し構造)の2パターン

パターンについて再確認しましょう。大喜多は、折り返し構造(裏返し構造)のパターンを2つに分類しています。
(下記のパターンの出典はキアスムスの2種類のパターン

パターン①:要素の対が増えていくタイプ
Ⅰ :【緒言】
 Ⅱ :【暮らし A】
  Ⅲ :【移動 A】
   Ⅳ :【侵入】
    Ⅴ :【緊張 A】
    Ⅴ´:【緊張 B】
   Ⅳ´:【退出】
  Ⅲ´:【移動 B】
 Ⅱ´:【暮らし B】
Ⅰ´:【結語】

これは、基本的に全てが対照的になっているパターンで、さきほどの鶴の恩返しも同様のタイプです。

パターン②:最小限の要素対に留まるタイプ
Ⅰ :【緒言】
 Ⅱ :【暮らし A】
  Ⅲ :【並行箇所 A】
  Ⅲ´:【並行箇所 B】
 Ⅱ´:【暮らし B】
Ⅰ´:【結語】

こちらは、要素の対照が少ないが、並行的なエピソードが含まれるパターンです(本稿では例示しませんでした)。
パターン②についても今後どこかで紹介していきたいです。
また、この構造が、他にどのような文章表現や物語に見出されたり、活かすことができるか、それも今後、別途検討したいです。