時をかける少女(アニメ映画)の分析 「裏返し構造」
アニメ映画「時をかける少女」のシナリオの骨格分析を試みたい。
前記事では、主に日本の昔話等のパターンである「出会いと別れ」「見えの共有(共視)」の視点から分析した。
今回は主に、物語が対称的に展開するという『裏返し構造』の視点から分析する。
裏返し構造
まず『裏返し構造』とは何か?ということだが、平たく言うと、前半と後半が逆になる物語構造のことだ。この構造は、聖書・昔話・ジブリアニメなど、様々な物語に見出される。例えば鶴の恩返しを例にとると、下記のような裏返しの構造になる。
下では1と1´、2と2´、3と3´がそれぞれ対応している(裏返しになっている)。
1 【出会い】夫婦は鶴を助ける。
2 【偽装】夫婦の元に娘がやってくる。
3 【普通の家事】娘を泊めてやると、娘は掃除に炊飯とよく働く。
4【居着く】娘はこの家で暮らすことになる。
3´【魔法の家事】娘は、秘密の部屋で機を織る。
2´【露見】ある日夫婦はのぞき、娘が鶴であることが露見する。
1´【別れ】娘は飛び去る。
4を中間点とすると、後半は、前半の「否定」・「対立」・「対照」となっている。
具体的には、1の「出会い」と1´「別れ」は否定関係だ。
また、2の「偽装」と2´「露見」は対照or否定だ(偽装が打ち消されるので否定)。
3の「普通の家事」と 3´「魔法の家事」は対照だ。
では、「時をかける少女」ではどのようなシナリオになっているか。
シナリオがかなり長いので、少しずつ裏返し関係を見ていこう。
最初のシーンと最後のシーンの裏返しは次のようになる。
1−1【日常】主人公たちが野球をしている(真琴、千昭、功介)
1ー1´【日常】主人公たちが野球をしている(真琴、功介、果穂ちゃんズ)
最初のシーンでは主人公たちは野球をしており、最後のシーンでも野球をしている。
ただしメンバーが変わっており、対照的なのは、真琴は最初はメンバーの中で一番下手くそだったが、ラストではもっと下手くそな新メンバーを助けている。
また、真琴自身の状態も最初と最後では対照的だ。
1−2【状態】真琴は未来と接続していない(※ふわふわ状態)
1ー2´【状態】真琴は未来と接続している
初期状態として、真琴は進路を決めておらず未来に対してふわふわしている。
(黒板に【進路説明会のお知らせ】)
友梨「理系か文系か決めた?」
真琴「まだ。友梨は?」
友梨「まだまだ」
真琴「よかった」
友梨「すぐには決められないもんね」
真琴「先のことは判んないもん」
友梨「果てしないよね~」
一方ラストでは、真琴は将来やることが決まっている。
(野球グラウンドで)
真琴「わたしもさ、実はこれからやること決まったんだ」
功介「へー、なに?」
真琴「ヒミツ」
功介「なんだよ、それ」
真琴「(笑って)また今度ね」
このような初期と最後の状態を念頭に、いったん全ての裏返しの構造を下記に示す。
その後で、細かく検討していこう。
(※いったん↓に全ての裏返しを示したが、ざっと見るくらいでいいです)
1−1【日常】主人公たちが野球をしている(真琴、千昭、コウスケ)
真琴が一番下手くそな3人で野球している1−2【状態】真琴は未来と接続していない(※ふわふわ状態)
(黒板に【進路説明会のお知らせ】)
友梨「理系か文系か決めた?」
真琴「まだ。友梨は?」
友梨「まだまだ」
真琴「よかった」
友梨「すぐには決められないもんね」
真琴「先のことは判んないもん」
友梨「果てしないよね~」2−1 :【日常】 3人でバカをやる感じの日常
(校門前)
だらだら自転車を漕ぐ千昭。
追いあげてくる真琴。
真琴「千昭!」
千昭「お、真琴。少しは余裕持って行動しろよ」
真琴「あんた、人のこと言えんの?」
千昭「どうせまた二度寝だろ」
真琴「うるさい」
千昭「カゴのそれ、何」
真琴「なんでもいいでしょ」
千昭「なんだよ、教えろよ」
(2年2組教室)
すべりこんでくる真琴と千昭。
とうに席についている功介。
功介「またギリギリかよ。遅刻した方がいっそすがすがしいな」
千昭「早ぇよ、功介。ちゃんとオナってきたのかよ」
功介「うるせー、おまえらが遅すぎんだよ」
真琴「ギリギリじゃないよ、ほら」2−2 :【問題へ直面】真琴が問題に直面する(小テスト、調理実習、ジャイアントスイング巻き込まれ)
小テストや調理実習、ジャイアントスイングの被害等、すべてうまくいかない。
(小テスト)
真琴「ついてないときはとことんついてないって言うけど、そんなの人ごとだと思ってた。どっちかといえばついてる方だし」
真琴「とは言え、どちらかといえばついてる方だし、運もいいけど勘もいい。おかげで成績はほどほど」
真琴「そんなに頭よくないけど、バカってほどじゃない」
真琴「バカってほどじゃあ….」
脂汗をかいている。
真琴「今のは例外」
(調理実習)
真琴「器用ってほど器用じゃないけど、人に笑われるほど不器用じゃない」
衣をつける真琴。
真琴「あとから思い出して嫌になっちゃうような失敗も、そんなにしない」
菜箸が滑って、海老が飛び出し、油にボチャンと落下。
真琴「あちゃちゃちゃちゃっ!」
後ろにいたクラスメート・高瀬にぶち当たる。
まな板に手をつく真琴。
上に乗っていたキャベツ半玉が吹っ飛ぶ。
油を張った鍋に落下、一気に炎上。
真琴「(M)今のも例外」3 :【非日常への参入】 タイムリープ能力を身につける(無意識)
真琴は理科室にノートを提出しにいく際、転んで無意識的にタイムリープ能力を身につける4 【危機と救済】 自転車事故で真琴が死にかけるが間一髪で助かる(自力)
坂道の途中で自転車が壊れる。
事故に遭う(真琴)。
真琴の知らないうちに救われる(無意識的なタイムリープ)。
安堵で呆然とする。
魔女おばさんに相談、話半分に受け止められる、よくあることだと。5 【能力の乱用】タイムリープを私利私欲のために使う
プラスを得るため、良い思いをするためにタイムリープする。
プリンを食べたり、遅刻せず教室に入るためだったり、小テストのためだったり。
調理実習の失敗に身代わりを立てたり(高瀬)、ジャイアントスイングを避けたり。
カラオケボックスで無限に遊ぶためだったり、美味しい夕食のためだったり。6´【能力の乱用とと恋への影響】コウスケ
※他者志向に舵を切る転換点
コウスケから告白され、動揺する。
タイムリープでコウスケの告白をなかったことにする。
魔女おばさんに相談。
コウスケと果穂が付き合い始めることに結びつく、能動的な応援。タイムリープを使う。
→真琴が積極的に二人を近づけようとする。
→小テストの因果応報、コウスケと果穂ちゃんたちを裂く(思わぬマイナスの後押し)。
→ジャイアントスイングを利用して、コウスケを果穂といい感じにする。
果穂が功介とつきあうことになる。4´ 【危機と救済】 自転車事故で功介と果穂が死にかけるが救われる(他力)
坂道の途中で自転車が壊れる。
事故に遭う(コウスケと果穂)。
真琴の知らないうちに救われる(千秋がタイムリープで無かったことにする)。
千秋が去って呆然とする。
魔女おばさんに相談、きちんと話される、かつてのおばさんの体験を伝えられる。3 ´:【非日常の終了】 タイムリープ能力を失う(意識的)
真琴は千秋を救うためにタイムリープして、最後の一回を使い切る。
意識的に能力を失う。
(坂道)
真琴「あの時、千昭が時間を戻したから……なら」
坂道に走り込む。
真琴「千昭だって同じはず」
近所のおばさん「あら、マコちゃん」
真琴「千昭だって……!」
真琴、一気にジャンプ!
真琴「いいいっっっっけええええええええっ!!!」2−1´ :【日常の思い出】 3人でバカをやる感じの日常の思い出
(時の回廊)
空間に漂う真琴。
体をひねって、決意の表情で前を向く。
どこからか声が聞こえ、ヴィジョンが見えてくる。
福島の声「はい、みんな静かに……静かに!」
黒板に『間宮千昭」の文字。
福島「転校生の間宮千昭くん」
教壇に学ラン姿の千昭。
福島「ちょっとガラ悪いけど仲良くね」
× × ×
桜の花が散る中、ボコられた千昭。
功介と真琴を睨む。
功介「俺は津田、こっちは紺野」
千昭「紺野?」
× × ×
帰って行く生徒たちの前、功介が真琴を呼ぶ。
功介「真琴?、こっち来いよ」
× × ×
回転寿司をつまんで笑う功介・千昭。
× × ×
右手上げて去る千昭。
千昭「じゃな、真琴」
功介「おい、聞いたか。あいつ、名前で呼んだぜ」
× × ×
次々とやって来るヴィジョンに、感極まってくる真琴。
校庭で自転車の練習をする三人。
携帯の番号を、買ったばかりの千昭に教える真琴・功介。
ドーナツ屋で遅くまでダべる三人。
バスに乗ってどこかへ行く三人。
コンビニで立ち読みする三人。
図書館で勉強する功介と、寝ている真琴・千昭。
ベンチでアイスを食う三人。
七夕の笹飾りをどこかへ運ぶ三人。
ひとつの傘に入って、紫陽花の小道を行く三人。
千昭の声「真琴、俺とつきあえば?功介に彼女が出来たらって話……俺、そんなに顔も悪くないだろ?」2−2´ :【問題へ直面】真琴が問題に先手を打って解決
※コウスケが自転車に乗らないように注意するシーン
(野球グラウンドへ向かう途中)
真琴「あのさ、あの子たちも野球誘わない?
行って誘って来てよ」
功介「なんでだよ」
真琴「だってたくさんの方が楽しいじゃん」
功介「おまえ、あいつらのこと知ってんの?」
真琴「まあね。それとさ、私の自転車使ったら5千円」
功介「はあ?」
真琴「いい?5千円だからね」
と、去る。
功介「おい、どういうことだよ」
真琴「(振り返りつつ)一緒に野球やりましょうって、ちゃんと言うのよ。あとさあ、待っててくれてありがとう」1−1´【状態】真琴は未来と接続する
(河原道で)
千昭「未来で待ってる」
真琴「……うん……すぐ行く……走って行く」
(野球グラウンドで)
真琴「わたしもさ、実はこれからやること決まったんだ」
功介「へー、なに?」
真琴「ヒミツ」
功介「なんだよ、それ」
真琴「(笑って)また今度ね」1−2´【日常】主人公たちが野球をしている(真琴、コウスケ、果穂ちゃんズ)
真琴より下手くそなメンバーも加入して野球している
では2以降の裏返し構造を見ていこう。
2では、最初のタイムリープを行う前と、最後のタイムリープを行なった後が対照的になっている。
2−1 :【日常】 3人でバカをやる感じの日常
2−1´ :【日常の思い出】 3人でバカをやる感じの日常の思い出
2−1では、最初のタイムリープ前の日常として、たわいもない3人のからかい合いが描かれている。
(校門前)
だらだら自転車を漕ぐ千昭。
追いあげてくる真琴。
真琴「千昭!」
千昭「お、真琴。少しは余裕持って行動しろよ」
真琴「あんた、人のこと言えんの?」
千昭「どうせまた二度寝だろ」
真琴「うるさい」
千昭「カゴのそれ、何」
真琴「なんでもいいでしょ」
千昭「なんだよ、教えろよ」
(2年2組教室)
すべりこんでくる真琴と千昭。
とうに席についている功介。
功介「またギリギリかよ。遅刻した方がいっそすがすがしいな」
千昭「早ぇよ、功介。ちゃんとオナってきたのかよ」
功介「うるせー、おまえらが遅すぎんだよ」
真琴「ギリギリじゃないよ、ほら」
一方、最後のタイムリープ後では、2−1´ 「日常を送った思い出」が描かれる。日常そのものではなく、対照的に、3人で過ごした思い出が描かれれるのだ。
時の回廊で最後のタイムリープを行なった真琴は、次のようなシーンを回想する。
(時の回廊)
空間に漂う真琴。
どこからか声が聞こえ、ヴィジョンが見えてくる。
福島の声「はい、みんな静かに……静かに!」
黒板に『間宮千昭」の文字。
福島「転校生の間宮千昭くん」
教壇に学ラン姿の千昭。
福島「ちょっとガラ悪いけど仲良くね」
× × ×
桜の花が散る中、ボコられた千昭。
功介と真琴を睨む。
功介「俺は津田、こっちは紺野」
千昭「紺野?」
× × ×
帰って行く生徒たちの前、功介が真琴を呼ぶ。
功介「真琴?、こっち来いよ」
× × ×
右手上げて去る千昭。
千昭「じゃな、真琴」
功介「おい、聞いたか。あいつ、名前で呼んだぜ」
× × ×
次々とやって来るヴィジョンに、感極まってくる真琴。
校庭で自転車の練習をする三人。
七夕の笹飾りをどこかへ運ぶ三人。
ひとつの傘に入って、紫陽花の小道を行く三人。
次は2−2の対比を見てみよう。
2−2 :【問題へ直面】真琴が問題に直面する(小テスト、調理実習、ジャイアントスイング巻き込まれ)
2−2´ :【問題へ直面】真琴が問題に先手を打って解決
最初のタイムリープ前では、2−2で真琴が各種問題に直面している。
小テスト、調理実習の失敗、ジャイアントスイング巻き込まれなどだ。ここでは真琴はなすすべなく失敗を重ねてしまう。
一方、最後のタイムリープ後では、真琴は自転車が壊れることを知っているので、功介に乗らないように言う。つまり、問題に先手を打って解決しているのだ。
(グラウンドへ向かう途中で、功介が自転車に乗らないように注意するシーン)
真琴「それとさ、私の自転車使ったら5千円」
功介「はあ?」
真琴「いい?5千円だからね」
続いて3を見ていこう。真琴がタイムリープ能力を身につけ、そして失う過程の対比だ。
3 :【非日常への参入】 タイムリープ能力を身につける(無意識)
3 ´:【非日常の終了】 タイムリープ能力を失う(意識的)
最初の身につける過程では、真琴は理科室にノートを提出した際にうっかり転んで、タイムリープ能力を無意識的に身につける。自分でも気づかないうちにクルミを割って、タイムリープ能力をチャージするのだ。
一方、タイムリープ能力を失う過程では、真琴は千昭を助けるために、最後のタイムリープ能力を使う。具体的には、タイムリープ能力が一回だけあることに気づき、その一回で千昭を助けることができることに気づき、意識的にタイムリープするのだ。最後の跳躍であり、真琴は能力を失うことがわかっている。
無意識にタイムリープを身につけることと、意識的に失うことが対照的だ。
3 ´で真琴が千昭を救うことができることに気づくシーンは印象的だ。
(真琴と美雪の部屋)
ベッドに寝ころんでいる真琴。
Tシャツの袖に入ってゆくてんとう虫。
左手に目をやる。
そこには「01」の数字。
真琴「!」
ベッドから滑り落ちる。
真琴「なんで?!ゼロだったはずなのに……まさか」
(外)
玄関から飛び出してくる真琴。
真琴「あの時、千昭が時間を戻したから……なら」
坂道に走り込む。
真琴「千昭だって同じはず」
真琴「千昭だって……!」
3で無意識的にタイムリープ能力を身につけたのは対照的に、3 ´では、真琴は千昭を救うために、そして能力を自ら失うために、意識的にタイムリープする。
続いて4を見ていこう。真琴や功介が自転車事故で死にかけて、間一髪で救われる話だ。
4 【危機と救済】 自転車事故で真琴が死にかけるが間一髪で助かる(自力)
4´ 【危機と救済】 自転車事故で功介と果穂が死にかけるが救われる(他力)
4では、危機に会うのは主人公である真琴自身だ。坂道の途中で自転車が壊れ、事故に遭う。__と思ったら、知らないうちに助かっている(自力の無意識的なタイムリープ)。
その後、安堵で呆然とする。
それから魔女おばさんである和子に相談するも、話半分に受け止められる。「年頃の女の子にはよくあること」だと。
和子「そう珍しいことじゃない。真琴ぐらいの歳の女の子にはよくあることなんだから」
真琴「ないないない。ないよ、絶対!」
和子「私はあったな」
真琴「ええ?!マジ?」
和子「たとえば日曜日、朝寝坊するでしょ。今日はなんにもしたくないなーなんて思うでしょ?で、気がつくともう夜なの。びっくりしちゃうわよ。私の大事な日曜日はどこ行っちゃったの?」
一方4´ では、事故にあうのは功介と果穂ちゃんだ。真琴の自転車を借りて坂道を下る途中で自転車が壊れ、事故に遭った。__と思ったら、真琴が知らないうちに助かっている(千昭によるタイムリープ)。(実際には千昭曰く「一回功介たちが死んで」いるのだが)
これは、真琴の知る由のないタイムリープという点では同じだ。しかし事故の対象が「主人公」か「友達」かという点では対照的だし、自力救済か他力救済という点も対照的だ。
そしてその後の展開で対照的なのは、事故に遭いかけた真琴の感情だ。
最初は死ななかった安堵で呆然とする。一方、功介たちの事故を千昭になかったことにしてもらった真琴は、千昭が去ってしまったことに呆然とし、泣いて後悔する。
真琴「…功介……最低だ、私。人が大事なこと話してるのに、それをなかったことにしちゃったの……なんでちゃんと聞いてあげなかったのかな」
(屋上)
声をあげて泣き出す。
また、その後の魔女おばさんの対応も対照的だ。4では少しふざけて対応していた魔女おばさんだが、しかし4´ では、かつてのおばさんの思い出とともに、きちんと話をしてあげる。
和子「私ね、ほんとは真琴は、功介くんとも千昭くんとも、どちらとも友だちのままだと思ってた」
真琴「……」
和子「どっちともつきあわないうちに卒業して、いつか全然別な人とつきあうんだろうなって」
真琴「私も昨日までそう思ってた」
和子「でも、そうじゃないのね」
真琴「……」
和子「高校の時、初めて人を好きになった。会ってすぐ仲良くなったの。まるで子供の頃から知ってるみたいだった。大人になる前に駄目になっちゃったけど」
真琴「どうして?」
和子「タイミングが悪かったのよ、きっと」
真琴「今、その人どうしてる?」
和子「どうしてるんだろう。いつか必ず戻ってくるって言ってた。待つつもりはなかったけど、こんなに時間が経っちゃった――長くはなかった。あっという間だった」
真琴「……」
和子「でも真琴。あなたは私みたいなタイプじゃないでしょ?」
真琴「……」
和子「待ち合わせに遅れて来た人がいたら、走って迎えに行くのがあなたでしょ?」
続いて、その内側である5を見ていこう。真琴が自分自身のためにタイムリープ能力を使う段落だ。
5 【能力の乱用】タイムリープを私利私欲のために使う
5´【能力の乱用】タイムリープを後ろめたいことを消すために使う
最初にタイムリープ能力を身につけた真琴は、私利私欲のため、良い思いをするためにタイムリープする。
プリンを食べるためだったり、遅刻せず教室に入るためだったり、小テストのためだったり。
調理実習の失敗に身代わりを立てたり(高瀬)、ジャイアントスイングを避けたり。
カラオケボックスで無限に遊ぶためだったり、美味しい夕食のためだったり。
(ゴロゴロ転がってくる真琴)
棚に激突する。
真琴「(痛くて)く~」
すかさず立ち上がって、冷蔵庫を開ける。
ケーキ屋の箱の中、手つかずのプリン。
真琴、素早くスプーンで一口。
真琴「うまっ!これ……これ、夢じゃない」
もぐもぐ食べる。
真琴「私、跳べんじゃん……跳べんじゃん!」
(教室)
テスト用紙に大きく100点の文字。
友梨「真琴」
用紙を折り畳み、笑顔で振り返る真琴。
友梨「理系か文系か決めた?」
真琴「私、留学にしよっかな~」
友梨「なにそれ」
真琴「ほら、交換留学制度とかさ」
友梨「あんたなに言ってんの、英検3級落ちてたじゃん」
真琴「やーねえ、タイム・ウェイツ・フォー・ノーワンよ」
一方、5´では、タイムリープを後ろめたいことを消すために使う。
千昭から、タイムリープを使っていることを突き止められてしまい、それが怖くて、なかったことにするために使うのだ。
(坂道)
千昭の声「あのさ、俺も真琴に訊きたいことあんだけど」
真琴「なに?」
千昭の声「すっげえバカな質問なんだけど」
真琴「なにょ」
千昭の声「あのさ……」
真琴「言ってみ、ほらほら」
千昭の声「おまえ、タイムリープしてねえ?」
息を飲む真琴。
千昭の声「タイムリープしてるだろ」
真琴、タイムリープする
続いて、その内側である6を見ていこう。真琴がタイムリープによって告白をなかったことにする展開だ。
同時に、ここは全体の折り返し地点でもあり、真琴の態度が変わっていく展開でもある。
千昭の告白をなかったことにする時の真琴は、自分のことだけしか気にしていない。しかし一方で、功介の告白を無かったことにする時の真琴は、果穂の恋を応援することを通して、他人のことに一所懸命になっていく。
6【能力の乱用と恋への影響】千昭
6´【能力の乱用とと恋への影響】功介
6と6´で基本的に同一なのは次の展開だ。
千昭・功介から告白されてしまう → 動揺してタイムリープでなかったことにする → 千昭・功介がその間に他の女とくっつく。
まずは6の千昭の展開から見ていこう。
千昭から告白され、動揺した真琴は、タイムリープで千昭の告白をなかったことにする。
魔女おばさんに相談する。
その後で真琴は、友梨と千昭が付き合い始めることに結びつく、消極的な恋の後押しをする。
たとえば、真琴が千昭を避けたり、調理実習の因果応報が、千昭と友梨の関係を深めることにつながる。これは真琴自身が主体的に行動した結果ではなく、結果的にそうなっただけであり、消極的な恋の後押しと言える。
その後、友梨と千昭が付き合うことになる。
ちなみにこの時、真琴は千昭の恋の後押しにはタイムリープは使わない。
次に、6´の功介の展開を見ていこう。
功介から告白され、動揺した真琴は、タイムリープで功介の告白をなかったことにする。
魔女おばさんに相談。
その後で真琴は、功介と果穂が付き合い始めることに結びつく、能動的な応援をする。
たとえば、真琴が直接的に二人をくっつけようとしたり、ジャイアントスイングを利用して、功介を果穂といい感じにする。
その後、果穂が功介とつきあうことになる。
なおこの時、真琴は功介の恋の後押しに、積極的にタイムリープを使っているのも対照的だ。
こうして、1〜6が対比している。
↓に対比テキストを再掲載する。よかったら、対比を再度見比べて欲しい(クリックで中身を開閉できる)。
1−1【日常】主人公たちが野球をしている(真琴、千昭、コウスケ)
真琴が一番下手くそな3人で野球している1−2【状態】真琴は未来と接続していない(※ふわふわ状態)
(黒板に【進路説明会のお知らせ】)
友梨「理系か文系か決めた?」
真琴「まだ。友梨は?」
友梨「まだまだ」
真琴「よかった」
友梨「すぐには決められないもんね」
真琴「先のことは判んないもん」
友梨「果てしないよね~」2−1 :【日常】 3人でバカをやる感じの日常
(校門前)
だらだら自転車を漕ぐ千昭。
追いあげてくる真琴。
真琴「千昭!」
千昭「お、真琴。少しは余裕持って行動しろよ」
真琴「あんた、人のこと言えんの?」
千昭「どうせまた二度寝だろ」
真琴「うるさい」
千昭「カゴのそれ、何」
真琴「なんでもいいでしょ」
千昭「なんだよ、教えろよ」
(2年2組教室)
すべりこんでくる真琴と千昭。
とうに席についている功介。
功介「またギリギリかよ。遅刻した方がいっそすがすがしいな」
千昭「早ぇよ、功介。ちゃんとオナってきたのかよ」
功介「うるせー、おまえらが遅すぎんだよ」
真琴「ギリギリじゃないよ、ほら」2−2 :【問題へ直面】真琴が問題に直面する(小テスト、調理実習、ジャイアントスイング巻き込まれ)
小テストや調理実習、ジャイアントスイングの被害等、すべてうまくいかない。
(小テスト)
真琴「ついてないときはとことんついてないって言うけど、そんなの人ごとだと思ってた。どっちかといえばついてる方だし」
真琴「とは言え、どちらかといえばついてる方だし、運もいいけど勘もいい。おかげで成績はほどほど」
真琴「そんなに頭よくないけど、バカってほどじゃない」
真琴「バカってほどじゃあ….」
脂汗をかいている。
真琴「今のは例外」
(調理実習)
真琴「器用ってほど器用じゃないけど、人に笑われるほど不器用じゃない」
衣をつける真琴。
真琴「あとから思い出して嫌になっちゃうような失敗も、そんなにしない」
菜箸が滑って、海老が飛び出し、油にボチャンと落下。
真琴「あちゃちゃちゃちゃっ!」
後ろにいたクラスメート・高瀬にぶち当たる。
まな板に手をつく真琴。
上に乗っていたキャベツ半玉が吹っ飛ぶ。
油を張った鍋に落下、一気に炎上。
真琴「(M)今のも例外」3 :【非日常への参入】 タイムリープ能力を身につける(無意識)
真琴は理科室にノートを提出しにいく際、転んで無意識的にタイムリープ能力を身につける4 【危機と救済】 自転車事故で真琴が死にかけるが間一髪で助かる(自力)
坂道の途中で自転車が壊れる。
事故に遭う(真琴)。
真琴の知らないうちに救われる(無意識的なタイムリープ)。
安堵で呆然とする。
魔女おばさんに相談、話半分に受け止められる、よくあることだと。5 【能力の乱用】タイムリープを私利私欲のために使う
プラスを得るため、良い思いをするためにタイムリープする。
プリンを食べたり、遅刻せず教室に入るためだったり、小テストのためだったり。
調理実習の失敗に身代わりを立てたり(高瀬)、ジャイアントスイングを避けたり。
カラオケボックスで無限に遊ぶためだったり、美味しい夕食のためだったり。6´【能力の乱用とと恋への影響】コウスケ
※他者志向に舵を切る転換点
コウスケから告白され、動揺する。
タイムリープでコウスケの告白をなかったことにする。
魔女おばさんに相談。
コウスケと果穂が付き合い始めることに結びつく、能動的な応援。タイムリープを使う。
→真琴が積極的に二人を近づけようとする。
→小テストの因果応報、コウスケと果穂ちゃんたちを裂く(思わぬマイナスの後押し)。
→ジャイアントスイングを利用して、コウスケを果穂といい感じにする。
果穂が功介とつきあうことになる。4´ 【危機と救済】 自転車事故で功介と果穂が死にかけるが救われる(他力)
坂道の途中で自転車が壊れる。
事故に遭う(コウスケと果穂)。
真琴の知らないうちに救われる(千秋がタイムリープで無かったことにする)。
千秋が去って呆然とする。
魔女おばさんに相談、きちんと話される、かつてのおばさんの体験を伝えられる。3 ´:【非日常の終了】 タイムリープ能力を失う(意識的)
真琴は千秋を救うためにタイムリープして、最後の一回を使い切る。
意識的に能力を失う。
(坂道)
真琴「あの時、千昭が時間を戻したから……なら」
坂道に走り込む。
真琴「千昭だって同じはず」
近所のおばさん「あら、マコちゃん」
真琴「千昭だって……!」
真琴、一気にジャンプ!
真琴「いいいっっっっけええええええええっ!!!」2−1´ :【日常の思い出】 3人でバカをやる感じの日常の思い出
(時の回廊)
空間に漂う真琴。
体をひねって、決意の表情で前を向く。
どこからか声が聞こえ、ヴィジョンが見えてくる。
福島の声「はい、みんな静かに……静かに!」
黒板に『間宮千昭」の文字。
福島「転校生の間宮千昭くん」
教壇に学ラン姿の千昭。
福島「ちょっとガラ悪いけど仲良くね」
× × ×
桜の花が散る中、ボコられた千昭。
功介と真琴を睨む。
功介「俺は津田、こっちは紺野」
千昭「紺野?」
× × ×
帰って行く生徒たちの前、功介が真琴を呼ぶ。
功介「真琴?、こっち来いよ」
× × ×
回転寿司をつまんで笑う功介・千昭。
× × ×
右手上げて去る千昭。
千昭「じゃな、真琴」
功介「おい、聞いたか。あいつ、名前で呼んだぜ」
× × ×
次々とやって来るヴィジョンに、感極まってくる真琴。
校庭で自転車の練習をする三人。
携帯の番号を、買ったばかりの千昭に教える真琴・功介。
ドーナツ屋で遅くまでダべる三人。
バスに乗ってどこかへ行く三人。
コンビニで立ち読みする三人。
図書館で勉強する功介と、寝ている真琴・千昭。
ベンチでアイスを食う三人。
七夕の笹飾りをどこかへ運ぶ三人。
ひとつの傘に入って、紫陽花の小道を行く三人。
千昭の声「真琴、俺とつきあえば?功介に彼女が出来たらって話……俺、そんなに顔も悪くないだろ?」2−2´ :【問題へ直面】真琴が問題に先手を打って解決
※コウスケが自転車に乗らないように注意するシーン
(野球グラウンドへ向かう途中)
真琴「あのさ、あの子たちも野球誘わない?
行って誘って来てよ」
功介「なんでだよ」
真琴「だってたくさんの方が楽しいじゃん」
功介「おまえ、あいつらのこと知ってんの?」
真琴「まあね。それとさ、私の自転車使ったら5千円」
功介「はあ?」
真琴「いい?5千円だからね」
と、去る。
功介「おい、どういうことだよ」
真琴「(振り返りつつ)一緒に野球やりましょうって、ちゃんと言うのよ。あとさあ、待っててくれてありがとう」1−1´【状態】真琴は未来と接続する
(河原道で)
千昭「未来で待ってる」
真琴「……うん……すぐ行く……走って行く」
(野球グラウンドで)
真琴「わたしもさ、実はこれからやること決まったんだ」
功介「へー、なに?」
真琴「ヒミツ」
功介「なんだよ、それ」
真琴「(笑って)また今度ね」1−2´【日常】主人公たちが野球をしている(真琴、コウスケ、果穂ちゃんズ)
真琴より下手くそなメンバーも加入して野球している
二項対立の視点
これまで裏返しという視点から見て来たが、「二項対立」という視点、つまり2つが対照的になっているという視点から見ていこう。
話の展開以外にも、この作品では様々な二項対立が存在する。
メインヒロイン(?)である千昭と功介は、やんちゃ系に対して千昭、理知的な功介という感じで対比的だ。
また、魔女おばさんと真琴は、「迎えに来るのを待っていた」魔女おばさんに対して、真琴は「遅れて来た人がいたら、走って迎えに行く」点で対照的だ。
和子「高校の時、初めて人を好きになった。会ってすぐ仲良くなったの。まるで子供の頃から知ってるみたいだった。大人になる前に駄目になっちゃったけど」
真琴「どうして?」
和子「タイミングが悪かったのよ、きっと」
真琴「今、その人どうしてる?」
和子「どうしてるんだろう。いつか必ず戻ってくるって言ってた。待つつもりはなかったけど、こんなに時間が経っちゃった――長くはなかった。あっという間だった」
真琴「……」
和子「でも真琴。あなたは私みたいなタイプじゃないでしょ?」
真琴「……」
和子「待ち合わせに遅れて来た人がいたら、走って迎えに行くのがあなたでしょ?」
また、果穂の友梨は、どちらも恋をしているが、わーわー言いながら恋を囃し立てる友達がいる果穂に対して、友梨はそれとなく真琴や千昭の動向を探る。
真琴の態度も最初と最後で対照的だ。
真琴は最初は、誰かを待つ方ではなく、待ってもらう方か、または1人でさっさと進んでしまう方だ。
それが功介の恋の応援あたりから、だんだんタイミングを待ったりするようになり、最終的には「迎えにいく」方になる。
そして千昭の言葉が出て来るのを待つのだ。
(河川敷の土手)
座って夕暮れを見つめる真琴と千昭。
真琴「あの絵、未来へ帰って見てね」
千昭「……」
真琴「もうなくなったり、燃えたりしない。千昭の時代にも残ってるように、なんとかしてみる」
千昭「ああ、よろしく頼むよ」
河原で石投げしている少年たち。
千昭「帰らなきゃいけなかったのに、いつの間にか夏になった。おまえらといるのがあんまり楽しくてさ」
真琴「……そんな言い方してなかった」
千昭「じゃ、なんて」
真琴「(不満げ)……言わない」
千昭「なんでだよ」
ここでは真琴は、千昭からの告白を待っている。待つことができる。
真琴はしかも、待ってもらうことの大事さに気づいている。土手に向かう前に、真琴を待つ功介にお礼を言っているからだ。
真琴「いい?5千円だからね」
と、去る。
功介「おい、どういうことだよ」
真琴「(振り返りつつ)一緒に野球やりましょうって、ちゃんと言うのよ。あとさあ、待っててくれてありがとう」
また、タイムリープするときも、最初は時の本流に流されるだけだった真琴は、最後は自分から向かって進んでいく。
(時の回廊)
空間に漂う真琴。
体をひねって、決意の表情で前を向く。
このように「時をかける少女」では、裏返し構造や、数々の二項対立的な対比によって、メリハリの良い映画になっている。
分析からこぼれ落ちる魅力
ここまで、前の記事から続いて、日本文化的な分析、そして裏返しという対比的な分析を行って来た。
しかしもちろん、ここで触れなかった部分にたくさんの素晴らしさがあり「時をかける少女」の魅力はそこなのだ。
真琴のコミカルな感じや、もどかしい恋、そして大声をあげて泣くところなど、今回の分析から漏れたところがたくさんある。
今回の分析では「時をかける少女」のアニメの素晴らしさを少しでも理解するためであり、もちろんこぼれ落ちる部分はたくさんあるが、その素晴らしさに少しでも近づけていると嬉しい。
(まあそもそも、分析というのは再現性があることが対象なので、個別の良さというのは分析の対象外になってしまうという事情もあるが)
余談__あっという間に時間が過ぎる
大人になると、日曜が飛んでいってしまう × 何十回=数年飛んでいく。
もともと、この分析をしようとしたのは2年前で、その時点で構想は終わっていた。あとは整理して書くだけだった。しかし仕事が忙しかったりなんだりで、「やろうやろう」と思っているうちに2年経過した。
和子「どうしてるんだろう。いつか必ず戻ってくるって言ってた。待つつもりはなかったけど、こんなに時間が経っちゃった――長くはなかった。あっという間だった」
この発言が身につまされた。
とあるきっかけがあって書くことにしたのだが、本当にそのきっかけがあってよかった。感謝している。
また、池上や河合隼雄の視点で分析した物語論は未だ少なく、また、裏返しの視点で分析した例もほとんどない現在(2022時点)、今回の分析が何かの一助になることを願っている。
というかそもそも、自分がお話を書くための基礎として検討しているので、私の役に立って欲しい。
それともし、最後まで読んでくれた奇特な人がいたなら、ありがとう。
参考文献
▽書籍
シナリオ作家協会:「年鑑代表シナリオ集 ’06(2006)」(記事中のシナリオ引用)