物語のメモ

物語・植物・心理学・文化人類学・IT等について/月1回更新目標

まちの凹凸と非日常への扉

物語の舞台を現代日本のまちにする際、まちの中で非日常との接点をどう持たせるかを考えている。
今回、居住地である札幌から広島に旅行して、色々と得ることがあったので書き記す。舞台背景としての非日常の扉について。

非日常と日常が交差するまち

今回、広島に行って感じたのは、札幌より遙かに非日常と日常が交差するまちだな、ということだ。

単純なところでいうと、お好み焼きを広島では鉄板で食べるスタイルが多い。単にこれだけでも、手をのばせばそこで調理している屋台感があってわくわくした(下写真)。

 

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広島市内の町中では道ばたに神社があって、のぼり旗に「衣笠祥雄」(広島カープのOB)が掲げられていた(上写真)。神社には道路からアクセス可能で、昇って参拝をしてもいいし、ちらっと下から見るだけでも良い。

まちづくりにおいて、まちの地上をグランドレベルといい、そこで起きることが街の体験の90%を左右すると言われている。*1 そのグランドレベルからアクセス可能な非日常としての神社がある。

また、平和記念公園では「原爆の子の像」と「折り鶴」には、市民や観光客がたくさん祈りに来る。その一方、すぐそばでサラリーマンがベンチで仕事をしていたりする。園児の遠足があったり、そのへんのお爺さんが本を読んでいたりもする。(下写真)

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かと思うと近くに原爆ドームがあったりして、非日常と日常が交差しているという感じがする。

尾道では、くねくねとした路地や坂が多い。適当に昇り降りしていると、寺があったり、墓地があったり、猫がいたりする(下写真)。くねくねとした狭い道を歩く中で不意に現れる。墓地は大きくなくコンパクトなのであまり怖くなくて驚きだけがあるし、猫は野良猫と家猫の中間らしくごろごろとしている。
(ちなみに札幌では外に猫はほとんどいない。キツネはときどき家の近くで見かけるけど、野生動物なので日常と非日常の接点という感じでもない)

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因島(広島と愛媛の中間の島)では、道祖神が敷地の角にあったりして、道を歩いていると手の届くところにある。(上写真)この辺は、非日常というか歴史感だが、いずれにせよ北海道にはない感覚だ。

旅行の終わりに愛媛の松山に寄って、早朝の松山城を見てきた。下から見るとすごいかっこいい建物だが、小山の上にあるので、昇るとハイキングという感じで普通に疲れる。その山道を、市民が健康のために歩いていたり、犬の散歩をしていたりする。上まで昇ると城がある。松山城だ。城と山道が、非日常と日常の接点になっている。
(札幌だと円山がこれに近い。しかし、円山は自然のなので非日常という感じではなく、単なるハイキングだ)

さいごに_尾道という非日常

尾道では古民家を改装したゲストハウスに泊まった。ゲストハウスのオーナーは、別のまちから尾道に来て、ゲストハウスを開業した。オーナーに尾道の魅力をきいたところ、次のように答えてくれた。

尾道は、坂を少し上ったら非日常の世界があるんです。コレがこんなところにあったの、という驚きがあるんです。変なお店があったり、猫が居たり、小さな墓地があったり。この非日常感が尾道のすてきなところだと思います。

まちの凹凸

あとは雑感。
広島市内では非日常と日常の単純な交差だけでなく、グランドレベルの凹凸が多い。ベンチのようなへこみ、アンダーパスのような下道、川辺の道とか。物語の舞台背景としては、まちに凹凸がある方が良い。一方札幌はこういう凹凸はあまりなく、平面的なまち。
・広島も尾道も自転車が多かった。大阪に行ったときも多かった気がする。関西圏は自転車が多いのかな?広島は路面電車も多いし、路面電車と徒歩&自転車を組み合わせることで、どこへでも行けるまち感がある。

参考&出典

会社概要・アクセス|株式会社グランドレベル